月別アーカイブ:2019年3月

保護者の皆さんに関心持たれた保育所前宣伝、ビラ配布

この間、4か所の保育所前で夕方5時から6時頃まで宣伝、ビラ配布を行いました。保育所近くにお住いの支援者の方にご協力いただき、本当に心強かったです。地域に顔や姿の見える活動、つながりの大切さを改めて実感しました。「てらど議員自ら、ビラ配りに来てますよ」と声かけしていただくと、子どもさんと家路を急ぐママさんや、パパさんから笑顔で振り向かれたり、立ち止まって「これまで選挙に行ったことなかったけど、必ず行きます」との嬉しい対話に。また、「議員さん本人がビラを配ってはるなんてびっくりした」など、注目と関心が寄せられました。今日28日、5か所目の宣伝に出かけます。

26日、西中島2丁目の納骨堂経営許可処分取消請求事件の裁判傍聴に。裁判当日には大型バスを借り切って傍聴に来られています。その交通費も皆さんの寄付で運営されています。自分たちのまちを子や孫の代まで、安全・安心して、快適に過ごしたいとの切実な思いで、大阪市に対して提訴し、裁判をされておられます。傍聴後の報告集会にも参加させていただき、いっぱいにまさに地域住民自治とはこのことだ、胸を熱くし、頭の下がる思いで一杯でした。

絶好調の路地裏議会報告と商店街で多彩な宣伝活動に注目が

寒さが戻ってきたこの2日間、昨日は西中島地域主催の春祭りに参加しました。模擬店で盛り上がっていましたが、午後からの行動もあり、焼きそばとコーヒーをおいしくいただいて失礼しました。小学生の子どもたちの減少を悩んでおられましたが、地域コミュニティーを大切にされている西中島が、今後、若い世代が住み続けられるまちであってほしいと願うばかりです。

今日も底冷えする中、現職市会議員の議会報告はマイクを使用できるということで、1時間ほど5か所の路地裏市会報告をしました。数人方がお家の中から出てこられて、最後までお聞きいただき、びっくりするやら、嬉しいやら。この10年間で7%も値上げされた、払いたくても払えない高い国保料、昨年、17,3%もの値上げで、政令都市の中でも大阪府下一番高い介護保険料にされたことを報告し、生活実態にあった国保料、介護保険料に引き下げるために、引き続き全力を尽くすことをお約束させていただきました。特に商店街では多くの方から市会報告ビラも快く受け取っていただき、絶好調の議会報告となりました。

阪急十三駅西口、ロータリーの宣伝はメガホン、アンケート、ビラ配りと多彩な活動が通行される方々の目に止まったのか、青年の応援も得て行ったアンケートにも快く協力いただけたり、ビラの受け取りもいつもより良かったかな。日頃から共産党を信頼していただいてい女性の方から握手を求められた手に、あったかいコーヒーをと、小さく折られた1000円札。寒さもどこへやらと感じた今日の宣伝活動でした。

福島県・原発のまち楢葉から春の便りが届きました

東日本大震災による福島県の人災とも言える原発事故が起きて8年目の春を迎えました。楢葉でご住職をされているご主人は、原発事故当初から檀家さんのお墓を守るとお寺に留まり、ご自身はいわき市へ避難されたHさん手紙での交流が始まってまる5年がたちました。

ご主人は現在でも原発被害者への国の責任と生活保障を求め、原告団代表として裁判中です。ご主人たちの裁判支援のための財政活動として、Hさん手づくりの絵葉書と一筆箋の普及運動が新聞で案内され、私にでもできることから支援をとの思いからでした。

3年前、避難解除になって楢葉に戻ってこられたHさん。今年3月9日の東京での「福島を忘れない!3・9全国集会」に参加されたとのこと。今年も楢葉では3・11を静かに迎えたけれど、2時46分、あの地震さえなければとくやしい思いを胸いっぱいにしたと。テレビの特集によると、大熊・浪江は避難解除に向けて話が進んでいるようですが、せっかくふるさとに、我が家に帰ってきても、周りには誰もいなく、農業も出来ず、何もすることがなく、死を待つだけの帰還生活になってしまっているという報道もあり、何でこんな思いをしなくてはならないんだろう!精一杯生きてきただけなのに・・・と思うとくやしくて涙がでてきますと。

東京オリンピックは「復興五輪」と名付けられたそうですが、聖火はHさんの楢葉町のサッカー場から出発するとのこと。復興もしない、町の人もそんなに帰ってきていない所からの出発なんて、ただのパフォーマンスでしかない自分たちの気持ちの逆なでするような行為にしかならないのですが・・・と憤りをぶつけておられました。

梅の花も満開を過ぎ、桜のつぼみが少しずつ大きくなり、暖かい日が続き、東北にも春の息吹が感じられるようになったとの便りでした。が、大阪の選挙も大変そう、健康に気を付けて頑張ってと慰労の文字が涙で滲んでしまいました。原発のない社会をつくっていくのは私たち。忘れない、あきらめない、闘い続けるのみ!Hさんの便りにあらためて奮起した私の8年目の3月11日でした。

集いや会議など、行く先々で熱いエールに感謝・感激

18日、お仕事で多忙な業者の方々が主催で、後援会の集いを催していただきました。何と、2001年6月の淀川区市会議員補欠選挙で、初めて候補者として集いの場を持っていただいたKさんのお姿があって感激しました。大阪の中小商工業者は大企業に泣かされ、国政でも大阪府‣市政でもないがしろにされています。暮らしでは高い国保料・介護保険料の負担にあちこちから悲鳴が上がっている状況の上、消費税増税でこれでもかと耐えられない痛みを押し付けられてはたまらないと、国保料の引き下げや増税ストップの運動をたゆまず続けておられる業者の皆さんの願い、期待にしっかり応えるためにも、今回の選挙、何としても勝ち抜かねば!

健康友の会の相談役として、会議に参加させていただいていましたが、議会活動で多忙極まり、しばらく出席できずご迷惑をおかけしていました。19日、今年の総会準備の会議の合間に、市政報告をさせていただくことができて光栄でした。健康な地域のまちづくり、一人ひとりのいのち・健康を守る友の会の日頃の仲間づくり、お世話活動に感謝です。この会議の中でも温かい激励を寄せていただき感謝です。

19日夜、つくしんぼ保育園での市政報告。お仕事が終わりお疲れの保育士や保護者の皆さんが会場いっぱいに集まってくださっていたことに、胸を熱くしました。園長さんが子どもたちの保育に入っていただいていたことにも感無量の一言です。「大阪都ってなんですか」「どうして知事、市長がやめて選挙になったのか」など疑問や、保育現場の深刻な現状と切実な要望などたくさん寄せられ、一つひとつ丁寧にお答えしました。参加者の皆さんから自分たちの願いが実現できるよう私たちも頑張りますと、頼もしい声が戻ってきました。そして、この私にもぜひ頑張って勝ち抜いてほしいと熱いエールをいただきました。子どもたちは私たち大人の希望です。心身ともに健やかに豊かに成長できる子育て支援に、全力で取り組みます。

雨と寒さの中の防災訓練、三津屋地域での活動にいささか身体は冷えたけど、心はぽっかぽか

午前中は地元野中地域の防災訓練に参加。途中から激しい雨になり、バケツリレーなど出来ない訓練もありましたが、毎年参加させていただいているので、顔見知りになった多くの方々とたくさんおしゃべりできました。地域の皆さんとの交流が一層深まってきたかな、と心が弾みました。天候が芳しくないこともあり300人の参加だということでしたが、ちなみに私が住む町会からは44人の参加者で防災リーダーのダンナがホッとし、喜んでいたのが何よりでした。

午後からは雨が降ったり止んだりのややこしい天候の中、三津屋地域で宣伝・訪問活動。老若男女の総勢10人。宣伝2隊、訪問組と3組に分かれての元気な取り組みになりました。私は宣伝しながら訪問にウロウロしました。留守も多かったけど、お会いできたお宅は初めてお会いする方ばかり。温かく迎えていただき、激励も。三津屋の仲間の取り組みで赤旗日刊紙が1部、日曜版2部、後援会ニュースが2部増えました。やったね!寒々とした雨の中の行動でしたけど、みんな心はぽっかぽかになったんじゃないかなー。

さあ、明日も仲間と一緒にがんばろう!!

てらど月美新ビラができ、やっと落ち着いてパソコン前に

今日16日、久々にパソコン前に落ち着くことができました。何とバタバタと過ごした日々だったのかなあと、我がことながら驚いています。

9日の新ビラ完成後、午前中は木川南小学校区の路地裏宣伝。人通りは少なかったけど、会う人、出会う人、快くビラを受け取っていただき感謝です。午後は三国商店街宣伝で店主の方々とご挨拶を交わす中で、異口同音に消費税ぜったい値上げさせたらアカンと多くの方から切望され、期待に応えなければと奮い立たされました。宣伝後、宮原小学校区の訪問活動。留守もあったけど、会えたお宅では熱烈歓迎をを受け、疲れも何のその。

息子と同級生の男子のお母さん、35年間ものお付き合いをさせていただいたSさんが、家庭の都合で岐阜県に転居。そのSさんに淀川区への支援・SOSを伝えると、早速応えていただいてどんなに嬉しく、心強かったか。10日午前中、Sさんが住んでいたマンションを二人で訪問し、赤旗日曜版を10人の方に購読していただけました。Sさんが地域の方々との信頼と厚情を深めていたことは知り尽くしてはいたものの、友人としての誇りと頼もしさを実感しました。午後から深刻な生活相談に、その後は宣伝かーで区内に元気な声を届けました。

11日、演説会の成功へと会場周辺の地域訪問。歩いての案内でくたくたになったけど、それでもお会いできたところでは、都合がつけば、体調が良ければと快く応えていただき、やっぱり一軒一軒の訪問の大切さが身に沁みました。夜は会議に集中でき、たっぷりと英気を養うことのできた1日でした。

12日は民生保健委員会、13日は市会閉会本会議。吉村市長から辞職の報告があり議場が騒然となりました。自民・公明・共産の3党といくのの反対多数で否決となりました。が、これまでの住民無視、議会軽視、党利党略の維新政治に大阪の未来は任せられないと意を強くし、何としてもこの議席を失ってなるものかと!

14日午前中、十三中学校の卒業式に出席。夜は演説会なので、午後は自宅で演説原稿作成に頭をひねった時を過ごしました。さて、演説会は弁士につくしんぼ保育園長のKさん、淀川区料飲組合理事長のHさん、前衆議院議員の清水ただしさんで、おおいに会場を沸かしてくださいました。私の演説に辛口のダンナと娘から、「今日は何とかできたんじゃない?」なんて軽い反応がありましたが、どうやらセーフだったかなと、ホット一息、胸を撫でおろした夜でした。

15日午前は、市立新高幼稚園の卒園式に出席。廃園が計画されていた幼稚園。保護者や地域の皆さんの住民運動で守られた新高幼稚園だけに熱い思いが込み上がりました。午後は女性後援会の仲間と路地裏宣伝。人通りも多く、たくさんの方々から激励をいただき、私の声を聴いて、駆け付けていただいたお寿司屋さんの大将には感激しました。夜は職場後援会の集いで、切実な要求と熱いエールを寄せていただき、万感の思いに浸りました。

16日午前中は、新大阪駅での「おおさか東線 全線開業記念式典に参列。お昼は忙しくて予約を断り続けていた歯科診療所に。午後からクリニックあいで市政報告会が催され、たっぷりとお話させていただきました。何しろ、健康友の会として、なかなか政治の話をさせていただく機会がなかったので、初めてお顔を拝見する方も多く見られ、充実した報告の集いになりました。友の会に感謝・感謝でした。

やっと、この間のご報告ができました!肩の力を抜いて、コツコツと続けるべきだと反省の一念です。